勁草学舎とは

過去の筆供養

第一回 筆供養報告

去る2月28日(水)、足立区本木にあります真言宗豊山派の寺、吉祥院において、記念すべき第一回「筆供養」が生徒・父母120名以上の参加者の中、営まれました。供養の読経に先立ち、昨年11月に筆塚を建立された理事長苅草國光より参列の皆様に「筆塚の由来、建立の思い」についての話がありました。

厳粛な経典が流れる中、各自が筆記具に感謝する思いをはせ、学業上達、文運隆昌を祈願しながら供養しました。また第35世住職による「ものを大切にする心は、人をいたわる気持ちにつながる」というありがたいお話が、小学生にもわかるようなやさしい語り口で語られました。その後、生徒ご父母は本堂を出て、それぞれの手で使い古した筆記具が奉納され、参列者には記念品が手渡され、写真撮影を行い、無事閉会となりました。

理事長より

なぜわたしが「筆塚」をつくったか、それは人が言葉を使うことと関係しています。皆さんも言葉を知らなければパソコンや携帯のメールも打てないでしょう。その言葉を学ぶときに大きな役割してきたものが筆(筆記具)です。そして「今、自分はこうして生きている」「こういうことを考えている」ということは全部「言葉を書くこと」でなりたっています。つまり「生きている証し」が筆(筆記具)にあるというわけです。

このことを、今日一日だけでもぜひ考えていただきたく、筆供養を営んだ次第です。

筆供養参加者集合写真1 筆供養参加者集合写真2
生徒一人ひとりが、筆塚に筆(鉛筆・ボールペン)を入れ、今まで自分達が残してきたもの、勉強させていただけたことに感謝をしました。右写真の中3男子は、筆供養後に「自分にとって生涯忘れることの出来ないお話を聞くことができ、素晴らしい体験ができた」と笑顔で語ってくれました。
筆供養の様子

ご住職より

筆もそうですが、「もの」は「生きる力」を持っています。「生きる」というのは、「もの」それ自体に「はたらき」が出てくるということです。今日のご供養がそのことに感謝する供養であることをしっかりと胸にきざんでいただきたいと思います。

仏教とは、決して死んだ人のためだけのものではありません。生きている我々に多くのことを教えてくれるものでもあります。たとえば、人が山に登る、当然のことながら疲れる、ふと目にした石が心に残る。その石を持って帰る。なんでもない石がその人にとっては大事な思い出の「もの」となる。でも「もの」ともいつかは別れなければなりません。今日の供養も自分のつかった筆記具とのお別れではありますが、みなさんの心の中にしっかりとした価値ができるのです。「ものを大切にする心は、人をいたわる気持ちにつながる」のです。

筆供養の様子
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